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仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)96号 判決 1949年12月26日

被告人

深井金次郎

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

弁護人木村一郎の控訴趣意第二点の要旨は、

原判決判示第一の点は事実の誤認である。被告人は判示森川清から借り受けた自転車を担保にして判示斎藤礼蔵から時価三千六百円相当のズボンの交付を受けたもので、借り受けた自転車を担保に供した際既に横領罪を構成し、ズボンをとつたのは横領罪の事後処分に外ならないからさらに詐欺罪を構成すべき謂ないというにある。

按ずるに原判決挙示の諸証拠により、優に原判決判示第一事実を認めうるので原審にあたかも事実誤認があるとの非難をうける瑕疵がない。右原判決判示第一事実によれば被告人が知りあいの仲である森川清から一時借り受けてきた自転車を斎藤礼蔵に預けたうえ「このズボンを買うから夕方まで見せて貰いたい。夕方までには必ず代金を持つてくるから、それまでこの自転車を預けておく」と嘘をいつて同人をその旨誤信させズボン一着を騙取したのであり、右詐欺の実行に際り被告人が他人の自転車を預けたのが担保の供与であり、もし所有者本人の承諾なくかような処分をすれば横領罪を構成すべきこと所論の通りであるが原判決判文上明らかなように右自転車の処分をズボン詐欺の実行手段にしたにすぎないのであり、本件の詐欺が自転車の横領の事後処分の関係にならないことが明らかであるから論旨は採用し難い。

(弁護人木村一郎の控訴趣意第二点)

原判決は、

「第一、昭和二十四年三月三十日頃秋田市長野町金座街十一番地古物商斎藤礼蔵方の店舗で同人に対して、代金支拂の意思がないのに、あたかも代金を支拂うもののように装つて、当時被告人が知りあいの仲である森川清から一時借り受けてきた自転車を同人に預けたうえ「このズボンを買うから夕方まで見せて貰いたい、夕方までには必ず代金を持つてくるからそれまでこの自転車を預けておく」と嘘をいつて同人をその旨誤信させ、よつてその場で斎蔵礼蔵から売買名義でネズミ色毛織物ズボン一着(時価三千六百円位相当)の交付を受けてこれを騙取し」

た事実を認定して詐欺罪の成立を認めた、しかしながら、被告人が斎藤礼蔵よりズボンを受け取つたのは森川清から借り受けた自転車を担保として提供したのであつてこの自転車を返還して貰う意思はなく判示の如く単に同人に自転車を預けたものではない。

この事実は記録上に表われた被告人の意思自体ズボン一着の時価が三千六百円で中古自転車の時価がはるかにこれを超過する。されば被告人が森川清から借り受けていた自転車を担保に提供することは、横領罪を構成するものである。

またこの以前にさかのぼつて森川清から借り受けた時に被告人の意思次第によつて詐欺罪を構成するものである。少くとも前述のように横領罪を構成するものである。従つて自転車を担保としてズボン一着を受け取つたことは横領の事後処分に外ならない。これは借り受けている中古自転車を売却処分した場合と同じでなければならない。

しかるに検察官の起訴状はもとより原判決は、被告人が虚言を弄した行為に意を奪われて事後処分を詐欺罪と認めたのは、「罪とならない事実」に対して有罪の言渡をなしたものであつて事実誤認の過誤を犯したものである。

よつて原判決は破毀を免れないものと確信する。

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